Vol.26 DUO COATまでの軌跡
- kaifuku8
- 2 日前
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冬が近づくたび、クローゼットの前で立ち止まる。
どのコートを選ぶか──ではなく、今年はどう纏うか。その問いが、ここ3年間、私たちを突き動かしてきました。
DOMELLEの洋服作りには、二つの柱があります。一つは、シーズンのテーマを語り、ブランドの世界観を鮮明に提示するHIGHLIGHTSに並ぶアイテム群。そしてもう一つが、あなたのワードローブに静かに佇み、日々の生活に不可欠な「頼れるもう一つの柱」です。
このCASHMERE COATは、後者の柱──特に寒い季節に寄り添う「WARDROBE」の進化の物語を語ります。
今回は、DOMELLEがデビューした2023AWから始まり、2024AW、そして最新の2025AW DUO COATへと続く、CASHMERE COATの進化の過程を振り返ります。
DOMELLEは2023AWのデビューから、毎シーズン欠かさずカシミヤ100%のコートを作り続けています。同じ素材、同じ仕立て、でも毎回違う答え。それは単なる商品開発ではなく、私たちが「まだ知り尽くしていない美」を探求する、ひとつの問いへの応答です。
「コートとは何か」
防寒着ではない。自分と外界の境界線であり、纏う人の内側を守るものであり、同時に外に向けて何かを語るもの。その二面性をどう形にするか。カシミヤという素材を通して、私たちは3年間、その問いと向き合ってきました。
今シーズン、DOMELLEが辿り着いたのは「CASHMERE DUO COAT」。2つに分かれ、また1つになる。変身するコート。これは3年間の旅の、ひとつの到達点です。
カシミヤという選択
なぜカシミヤなのか。
その問いの答えは、この素材が宿す「相反する美学」に他なりません。
内モンゴルの厳しい寒暖差の中で育ったカシミヤ山羊の毛は、驚くべき二面性を持ちます。繊維一本一本が細く長く、密度が高い。天然の油脂分を含み、光を受けるとなめらかな艶を放ちます。驚くほど軽いのに、空気を含んで温かい。柔らかいのに、しっかりとした存在感がある。それは、「洗練された軽快さ」と「揺るぎない重厚さ」という、本来なら洋服が同時に纏えないはずの性質を、矛盾なく調和させているのです。
──軽さと重厚さ、柔らかさと強さ──を一つの造形の中に共存させること。それこそが、DOMELLEが服を通して表現したい、現代における静謐で確固たる世界観そのものであると信じています。
私たちが選んだのは、カシミヤ100%のダブルフェイス素材。2枚の生地を細い糸で接結し、一枚の布に仕上げる織り方です。その接結糸をわずか数ミリだけ剥がし、縫い代を挟み込むように一針一針手まつりで縫い上げる。職人が糸の引き加減を調整しながら、表にも裏にも縫い目が見えないように仕上げていきます。
なぜそこまでするのか。
それは、素材への絶対的な敬意に尽きます。上質なカシミヤは、それ自体がすでに完成された美しさを持つ芸術品です。ならば私たちがすべきは、その素材の美しさを損なわず、最大限に引き出すこと。技術とは、それを誇示するためではなく、素材が持つ根源的な美しさをそっと支え、活かすために存在する。— DOMELLEの服作りの本質は、この一点に凝縮されています。
2023AW — RICHNESS / 始まりのカシミヤ
デビューシーズン。私たちが最初に作ったのは、大きなストール付きのコートでした。
ナチュラルなベージュ。染色をしていない、カシミヤそのままの色です。トップ調の奥深く優しい色合いは、毛艶の美しさをそのまま映し出します。
衿元にたっぷりとボリュームを持たせたストールは、首周りに巻きつけることもできるし、風の強い日には肩のフォルダー(ベルトループのようなもの)に端を差し込んで固定することもできる。ボタンレスでガウンのように羽織り、トレンチコート風に腰でベルトを結ぶ。
このコートに、私たちは「リッチネス(RICHNESS)」というテーマを掲げました。
しかし、それは単に豪華絢爛な装飾を意味しません。私たちの定義するリッチネスとは、「纏うことで内面から滲み出る、品格と自由さ」です。
ストールを颯爽と固定し、コートを翻して街を歩く。その一連の「所作」の中に、自分を律する「気品」と、着こなしを自由に楽しむ「解放感」が共存する。コートを纏うことが、単なる防寒ではなく、自分の立ち居振る舞いまでを変える精神的な体験であってほしい。その願いを、この一着に込めました。
このコートに初めて袖を通したとき、鏡に映るあなたがほんの少しだけ違って見える——そんな体験を目指しました。背筋が伸びる。呼吸が深くなる。カシミヤの重みが肩に乗るのではなく、むしろ体が軽くなったように感じる。そんな不思議な感覚。
デビューシーズンに「カシミヤコート」を選んだのは、DOMELLEというブランドの立ち位置を示すためでもありました。トレンドを追いかけるのではなく、時間をかけて素材と向き合い、技術をもって丁寧に作る。その揺るぎない姿勢を、全てに優先してこの最初の一着で伝えたかったのです。
2024AW — SECURE / 心を包むケープ
2年目。私たちは心に宿る本質的な力「安心」というテーマに辿り着きました。
ライトグレーのコートに、アシンメトリーなフロントケープを添えて。
このデザインの着想は、意外なところから生まれました。洋服には見た目の美しさだけでなく、心理的な作用がある──そのことに気づいたのです。
人は、胸元が柔らかく覆われると安心感を覚えると言われます。夜、ベッドに入って布団をかけた時の、あの静かな安堵感。それを洋服で表現できないだろうか。
ケープは、左肩のボタンで留めることで、胸元を包み込む「保護」のモードとなります。また、ケープを後ろ側に回して留めれば、布は優雅に流れ、肩から背中を覆う「解放」のモードへと変わります。さらにウエストベルトも2WAY仕様とし、結び方一つでシルエットが変化します。
つまり、このコートは「着る人の気分に応じて形を変える」のです。
今日は少し不安だから、胸元を包んでほしい。今日は開放的でいたいから、ケープを後ろに流そう──そんなふうに、コート自体が着る人に寄り添う。洋服が、身体を守るだけでなく心にも作用する。そのことを形にしたコートでした。
ライトグレーという色を選んだのは、この「安心」というテーマに最もふさわしいと感じたから。明るすぎず、暗すぎず、静かな存在感。朝の街にも、夜の帰り道にも自然に溶け込む色は、感情を沈静化させる理性的なニュートラルさを体現します。
ケープを肩から背中に回し、布の重みが背中に乗る瞬間の感覚を、今でも覚えています。それはカシミヤの確かな「重厚さ」と、心理的には「心が軽くなる」という、DOMELLEの追求する矛盾が最高度に発揮された瞬間でした。布が背中を包むと、まるで誰かが後ろから、そっと肩に手を置いてくれたような安心感をあなたに。一人で歩いているのに、一人じゃない。コートが、そっと寄り添ってくれる。
2年目にして、私たちはコートの役割をもう一段深く理解しました。それは防寒着でも、ファッションアイテムでもなく、着る人の「心の状態」に応答する最も親密な存在なのです。
2025AW — TRANSFORM / 変化を愉しむデュオコート
そして3年目。今シーズンのテーマは「変身(TRANSFORM)」です。
CASHMERE DUO COAT── 2つに分かれ、また1つになるコート。
これは、ある意味で「分解」です。一枚の完成形としてあったコートをあえて切り離し、固定された「境界線」からの解放を試みたのです。
1つめは、ロングジレ。
深いVカラーと両脇の長いスリット。余計なディテールを削ぎ落としたミニマルな造形は、素材の上質さで勝負する潔さ。単体で着れば、レイヤードの主役になります。
2つめは、ショートジャケット。
DOMELLEらしい背中のダーツで生まれる丸みと、ドルマンスリーブ風にゆったりとした袖。スタンダードなテーラードカラーが、背中の丸みをマニッシュに引き締めます。これは、軽快さと端正さを両立し、纏う人の行動力を引き出すための造形です。
この2つを、後ろ衿元のスナップで合体させると──ロングチェスターコートに変身します。
なぜ「分解」したのか。
それは、コートが一枚の完結した作品であると同時に、着る人の日常の中で「変化し続けるもの」であってもいいのではと気づいたからです。季節の移り変わり、気温の変化、その日の気分、会う人、行く場所、そして「心の状態」──すべてに応じて、コートの纏い方は変わっていく。
ならば、コート自体が「変化できる」構造を持っていたらどうだろう。
月曜の朝、まだ暖房が効いていないオフィスには、ロングジレだけを羽織って。週末のブランチには、ショートジャケットを軽く肩にかけて。そして、本格的な冬が訪れたら、2つを合体させてロングコートとして。
3着分の着回しではありません。1着のコートが、3つの異なる物語を持つということです。
チャコールグレーを選んだのは、これまでの2色──ナチュラルベージュとライトグレー──を経ての必然でした。ベージュは「素材そのもの」を、ライトグレーは「静かな安心」を語りました。そして今シーズンのチャコールグレーは「変化の中の安定」を表現します。どんなレイヤードにも馴染み、どんなシーンにも溶け込む。変身するからこそ、色は変わらない。
スナップで2つのパーツを合体させた瞬間、不思議な感覚がありました。「あ、これだ」と。バラバラだった2つが1つになって、けれどその1つはまたいつでも2つに戻れる。固定されていないからこそ、自由でいられる。
このCASHMERE DUO COATは、デビュー以来、DOMELLEが追い続けた「洋服の構造そのものからの解放」についてのひとつの答えです。
螺旋の探求、そして作品の持つ時間
なぜ毎シーズン「同じ」カシミヤコートを作り、問い続けるのか。 それは、私たちが「美」についてまだ何も知り尽くしていないからです。しかし、その「無知の知」こそが、DOMELLEの唯一の信頼の証です。流行に迎合せず、安易な答えに飛びつかない。妥協もしない。その誠実でストイックな探求のプロセスこそが、皆さんが頼れる道標となると信じています。
「コートとは何か」「纏うとは何か」──その問いは、一度答えを出したら終わりではありません。そうして、私たちの探求は常に新しい発見と疑問の連続なのです。23AWで「リッチさ」を形にしたと思ったら、24AWでは「心理的な安心」という別の側面が見えてくる。そして25AWの「変化する自由」へ。作るたびに新しい発見があり、新しい疑問が生まれます。
この3年間は、直線的な進化ではありません。螺旋状に、同じテーマの周りをぐるぐると回りながら、少しずつ深い層に潜っていく。そんな旅でした。
私たちがこのコートを「作品」と呼ぶのは、それがトレンドの外側にあるからです。今年流行っているから作る、来年には別のものを作る──そういうサイクルの中にはいません。むしろ、流行が去った後も、10年後も、このコートを手にした人が袖を通すたびに何かを感じてくれる。時間をかけて着ることに耐えうる、普遍性を目指しています。
アパレルブランドが洋服を「売るもの」として見るのに対し、ファッションブランドであるDOMELLEは、洋服を「問いかけるもの」として見ます。私たちは、美を知り尽くした「完成された存在」ではありません。むしろ、永遠にその本質を追求し続ける「探求者」として、着る人の内面的な答えを引き出す道標でありたい。その姿勢を、この一着を通して明確にしたいのです。
「あなたは、何を纏いますか?」
暖かさですか。安心ですか。それとも、変化し続ける自由ですか。
答えは、一つではありません。その日の気分で、その年の季節で、人生のどの段階にいるかで、答えは変わっていく。だからこそ、このコートは何年経っても新しい表情を見せてくれるのだと信じています。
クローゼットの中で静かに佇むカシミヤコート。その存在は、「今日はどう生きるか」を問いかけてきます。そして私たちは、これからも問い続けます。来シーズンも、その次も。同じ素材で、同じ丁寧さで、でも毎回違う答えを探しながら。
あなたがこのコートを手にした時、あなたの今日という物語がどのように始まるのか──それを想像するだけで、次の一着を作りたくなるのです。



























